住宅宿泊事業・民泊の歴史|制度ができた背景とこれからの規制動向
旅館業・住宅宿泊事業
公開日:2026/6/30
更新日:2026/6/30
民泊は突然生まれた制度ではない
「民泊」という言葉を聞くと、Airbnbなどのインターネットサービスを通じて、住宅やマンションの一室に宿泊する比較的新しい仕組みをイメージする方が多いかもしれません。
しかし、人の住まいに宿泊者を受け入れるという意味では、民泊的な行為自体は昔から存在していました。
たとえば、農家民宿、ホームステイ、地域交流型の宿泊、知人宅への有償・無償の滞在など、人の生活空間に外部の人を受け入れる文化は以前からありました。
ただし、現在問題となる「民泊」は、単なる知人同士の宿泊や地域交流ではありません。インターネット上の仲介サイトを通じて、不特定多数の旅行者に住宅を宿泊施設として提供する事業形態を指すことが一般的です。
この意味での民泊は、訪日外国人旅行者の増加、空き家・空き室の活用ニーズ、オンライン予約サービスの普及によって、2010年代に急速に広がっていきました。
旅館業法の時代|民泊は原則として許可が必要だった
住宅宿泊事業法ができる前、宿泊料を受けて人を宿泊させる営業は、原則として旅館業法の規制を受けていました。
旅館業法では、ホテル営業、旅館営業、簡易宿所営業などの区分があり、営業を行うには都道府県知事等の許可が必要です。
つまり、住宅やマンションの一室であっても、宿泊料を受けて反復継続して宿泊者を受け入れる場合には、原則として旅館業の許可が必要と考えられていました。
しかし、住宅を宿泊施設として使う場合、旅館業法の許可を取得することは簡単ではありません。
用途地域、建築基準法、消防法、自治体条例、構造設備基準など、確認すべき事項が多く、一般的な住宅やマンションでは許可取得が難しいケースも多くありました。
その一方で、インバウンド需要は増加し、都市部ではホテル不足も指摘されるようになりました。空き家や空き室を活用したい所有者、安く泊まりたい旅行者、地域で長期滞在をしたい外国人観光客の需要が重なり、実態として民泊は広がっていきました。
この時期の民泊は、制度が十分に整備されていない中で先に市場が拡大した、いわばグレーな状態にあったといえます。
インバウンド拡大と「ヤミ民泊」問題
2010年代半ばになると、訪日外国人旅行者の増加により、東京、大阪、京都、福岡、北海道などの観光地や都市部で民泊需要が急速に高まりました。
ホテルや旅館だけでは宿泊需要を十分に吸収できない地域もあり、住宅やマンションを活用した民泊は、宿泊施設不足を補う手段として注目されました。
一方で、許可を取らずに営業する無許可民泊、いわゆる「ヤミ民泊」も問題になりました。
無許可民泊では、宿泊者の本人確認、衛生管理、消防設備、近隣対応などが不十分なケースもありました。また、マンションの共用部での騒音、ごみ出しルール違反、深夜の出入り、住民とのトラブルなども発生しました。
民泊は観光振興や空き家活用の面では期待される一方、生活環境を守るルールが追いついていないという課題を抱えていました。
この状況を受け、国は民泊を完全に禁止するのではなく、一定のルールのもとで適法に運営できる制度を整える方向へ進んでいきます。
特区民泊の登場
住宅宿泊事業法に先立って登場したのが、国家戦略特区制度を活用した「特区民泊」です。
特区民泊は、国家戦略特別区域法に基づく旅館業法の特例として設けられた制度です。一定の区域に限り、旅館業法の許可ではなく、自治体の認定を受けることで、外国人滞在施設として住宅等を宿泊利用できるようにする仕組みです。
全国で最初に本格的に取り組んだ自治体として知られているのが、東京都大田区です。
大田区は羽田空港に近く、訪日外国人旅行者の滞在ニーズが見込まれる地域でした。そのため、特区民泊はインバウンド対応や地域経済の活性化の観点から注目されました。
ただし、特区民泊は全国どこでも使える制度ではありません。国家戦略特区として認められた区域で、さらに自治体が制度を導入している場合に限られます。
そのため、特区民泊は民泊制度の実験的な先行モデルではありましたが、全国的な民泊ルールとしては不十分でした。
2016年の簡易宿所規制緩和
民泊への対応として、旅館業法上の簡易宿所営業を利用しやすくする動きもありました。
2016年4月には、簡易宿所営業の客室延床面積に関する基準が見直され、宿泊者数が10人未満の場合には、宿泊者1人あたり3.3㎡に宿泊者数を乗じた面積以上で許可を受けられるようになりました。
これにより、小規模な民泊施設でも、簡易宿所営業として旅館業許可を取得しやすくなることが期待されました。
ただし、旅館業許可では、建築基準法や消防法、用途地域、条例上の構造設備基準などの問題は残ります。
そのため、簡易宿所の規制緩和だけでは、住宅を活用した民泊を全国的に制度化するには限界がありました。
住宅宿泊事業法、いわゆる民泊新法の制定
こうした背景の中で制定されたのが、住宅宿泊事業法です。
住宅宿泊事業法は、いわゆる民泊新法とも呼ばれます。2017年6月に成立し、2018年6月15日に施行されました。
この法律により、旅館業法の許可を取得しなくても、一定の要件を満たして届出を行えば、住宅を活用して宿泊サービスを提供できるようになりました。
住宅宿泊事業法の大きな特徴は、年間営業日数が180日以内に制限されていることです。
この180日制限は、住宅宿泊事業がホテルや旅館のような本格的な宿泊営業ではなく、あくまで住宅を活用した限定的な宿泊サービスであることを示しています。
また、住宅宿泊事業法では、単に届出住宅を認めるだけではなく、次のような関係者にもルールを設けました。
住宅を宿泊者に提供する「住宅宿泊事業者」
家主不在型などで管理を行う「住宅宿泊管理業者」
宿泊予約サイトなどを運営する「住宅宿泊仲介業者」
これにより、民泊をめぐる事業者、管理会社、仲介サイトを含めた制度的な枠組みが整備されました。
民泊新法施行後の自治体条例
住宅宿泊事業法は全国共通の制度ですが、自治体条例による上乗せ規制も認められています。
たとえば、住居専用地域では平日の営業を制限する、学校周辺では営業できる期間を制限する、一定の区域で営業日を限定するなど、地域の実情に応じた規制が行われています。
これは、民泊が住宅地の生活環境に直接影響を与える事業だからです。
ホテルや旅館であれば、宿泊施設としての立地や構造を前提に運営されます。しかし、民泊は一般の住宅やマンションの中で行われるため、近隣住民との距離が非常に近くなります。
そのため、住宅宿泊事業法は民泊を全国的に解禁する一方で、自治体が地域の実情に応じて制限できる余地を残しました。
民泊制度は、最初から「自由にどこでも営業できる制度」ではなく、国のルールと自治体のルールが組み合わさった制度として設計されていたのです。
コロナ禍による民泊市場の停滞
2018年に住宅宿泊事業法が施行され、民泊市場は一定のルールのもとで拡大していくことが期待されました。
しかし、その後の民泊市場に大きな影響を与えたのが、新型コロナウイルス感染症です。
2020年以降、訪日外国人旅行者は大きく減少し、インバウンド需要に依存していた民泊事業者は厳しい状況に置かれました。
都市部や観光地の民泊では、予約の減少、収益悪化、廃業、賃貸住宅への転用、マンスリーマンション化などが進んだケースもあります。
一方で、この時期は、民泊事業のリスクが明確になった時期でもありました。
民泊は宿泊需要、特にインバウンド需要の影響を大きく受けます。観光需要が急減すると、通常の賃貸住宅や他の不動産活用に比べて、収益が不安定になる可能性があります。
コロナ禍は、民泊が単なる不動産投資ではなく、観光業・宿泊業としてのリスクを伴う事業であることを示しました。
インバウンド回復と民泊の再拡大
水際対策の緩和後、訪日外国人旅行者は再び増加し、民泊需要も回復していきました。
特に、ホテル価格の上昇、長期滞在ニーズ、家族・グループ旅行、一棟貸し需要などを背景に、民泊は再び注目されるようになります。
住宅宿泊事業の届出件数も増加し、都市部を中心に新規参入が続きました。
一方で、民泊が増えれば増えるほど、近隣トラブルも再び問題になります。
深夜の騒音、ごみ出し、路上喫煙、スーツケースの移動音、建物の共用部での迷惑行為、管理者と連絡が取れないといった問題は、民泊が住宅地に立地する以上、避けて通れない課題です。
民泊市場はコロナ後に回復しましたが、同時に「地域との共存」がより強く求められる段階に入ったといえます。
2026年、規制強化の流れへ
2026年には、観光庁が民泊に関する立地規制、いわゆる「ゼロ日規制」について、自治体に向けた技術的助言を通知する方向で検討していることが示されました。
ゼロ日規制とは、自治体が条例によって、一定の区域で住宅宿泊事業を実質的にできなくするような規制を指します。
これまでは、住宅宿泊事業法の目的との関係で、年間を通じて民泊を一律にできなくするような規制には慎重な考え方が示されていました。
しかし、民泊の増加に伴い、閑静な住宅地や教育施設周辺などで生活環境・教育環境への影響が問題となるケースが出てきました。
そのため、今後は自治体が条例により、特定区域で民泊の実施を強く制限する動きが広がる可能性があります。
これは、民泊制度が廃止されるという意味ではありません。
しかし、地域によっては、届出制である住宅宿泊事業よりも、旅館業許可を取得した宿泊施設として運営する方が現実的になるケースも出てくるでしょう。
民泊の歴史は「解禁」ではなく「調整」の歴史
民泊の歴史を振り返ると、単純に規制が緩和されてきたわけではありません。
最初は、旅館業法の許可が必要な宿泊営業として扱われていました。
その後、インバウンド需要と空き家活用の流れを受けて、特区民泊や簡易宿所の規制緩和が進みました。
そして、住宅宿泊事業法によって、全国的に届出制の民泊制度が整備されました。
しかし、制度施行後は、自治体条例や近隣トラブルへの対応が重要になり、現在は再び規制強化の流れが強まっています。
つまり、民泊の歴史は「自由化の歴史」ではなく、「観光需要、空き家活用、地域住民の生活環境をどう調整するか」という歴史です。
民泊は、宿泊施設不足の解消や地域経済の活性化に役立つ可能性があります。一方で、住宅地の生活環境に直接影響する事業でもあります。
そのため、今後の民泊は、単に届出をすれば始められる事業ではなく、自治体条例、建築基準法、消防法、マンション管理規約、近隣対応、苦情対応体制まで含めて、総合的に検討すべき事業になっていくでしょう。
まとめ
住宅宿泊事業、いわゆる民泊は、インバウンド需要の増加とオンライン宿泊仲介サービスの普及によって急速に広がりました。
制度が整う前には無許可民泊や近隣トラブルが問題となり、その後、特区民泊、簡易宿所の規制緩和、住宅宿泊事業法の制定という流れで、適法に運営するためのルールが整備されました。
しかし、民泊新法によって制度化された後も、民泊をめぐる課題がなくなったわけではありません。
むしろ、住宅地の中で不特定多数の宿泊者を受け入れるという民泊の性質上、地域住民との調整は今後ますます重要になります。
これから民泊を始める方は、住宅宿泊事業法の届出だけを見るのではなく、その地域で民泊が本当に継続可能なのか、自治体条例や近隣環境まで含めて慎重に確認することが大切です。
民泊は「住宅を使った手軽な宿泊ビジネス」ではなく、地域社会の中で行う宿泊事業です。
この歴史を踏まえると、今後の民泊事業では、法令適合性だけでなく、地域との共存を前提にした運営体制が求められるといえるでしょう。
この記事を書いた人
篠原 博之
行政書士・AFP
行政書士しのはら事務所 代表
個人税理士事務所・中小企業の総務部長・税理士法人のIT担当の経験を経て独立
バックオフィスのDXに注力している。
登録番号:第2408248号|東京都行政書士会 新宿支部所属
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