医療法人の「分院開設」は保健所への届出だけでは違法!?意外と知られていない「定款変更認可」のハードルとリスク
医療法人
公開日:2025/11/24
更新日:2026/1/13
「おかげさまで本院の患者数が増えて手狭になった。隣の駅に良い物件が出たので、分院を出してさらに地域医療に貢献したい」
経営が順調な医療法人の理事長先生から、このような前向きなご相談をいただく機会が増えています。しかし、具体的な開業スケジュールをお伺いすると、多くの先生が重大な勘違いをされていることに驚かされます。
「物件の契約は済ませたので、あとは内装工事をして、保健所に開設届を出せば来月からオープンできますよね?」
残念ながら、そのスケジュール感では絶対に間に合いません。 医療法人が新たな診療所(分院)を開設する場合、保健所の手続きの前に、都道府県知事による「定款変更認可(ていかんへんこうにんか)」という非常に重たい手続きが必須となります。
これを理解せずに物件を契約してしまうと、認可が下りるまでの数ヶ月間、診療できないのに高額な家賃だけを支払い続けるという最悪の事態に陥りかねません。
本稿では、多くの先生が誤解している「医療法人の分院開設」の法的な仕組みと、クリアすべき厳しい要件について、行政書士が詳しく解説します。
個人開業とは根本的に違う!「定款変更認可」の壁
なぜ、医療法人の分院展開は簡単ではないのでしょうか。根本的な原因は、個人開業医と医療法人の法的な立場の違いにあります。
個人開業医の場合(届出制)
先生が最初にクリニックを開業された時を思い出してください。個人事業主としての開業は、要件さえ満たせば、保健所への「開設届(または許可申請)」だけで比較的スムーズに診療を開始できたはずです。
医療法人の場合(認可制)
医療法人は、都道府県知事の認可を受けて設立された「特別な法人」です。その根本規則である「定款(ていかん)」には、「どこで診療所を経営するか(事務所の所在地)」が明記されています。
分院を出すということは、この定款の記載を変更し、「事業規模を拡大すること」を意味します。 医療法は、無秩序な医療機関の乱立を防ぎ、法人の経営安定性を担保するため、「事業を拡大するなら、もう一度その計画が妥当かどうかを審査しますよ」というスタンスを取っています。
つまり、分院を一つ増やすためには、設立時と同じように、事業計画や予算書を揃えて都道府県知事の審査を受け、「認可」をもらわなければならないのです。この認可が下りるまでは、保健所は分院の開設届を受理してくれません。
審査は設立時と同レベル?クリアすべき「3つの要件」
では、都道府県は「定款変更認可申請」の何を見るのでしょうか。単に住所を追加するだけではありません。審査のポイントは設立認可時とほぼ同じです。
1. 資産要件(予算と資金調達)
最も重要なのがお金の問題です。 「分院を開設するための内装費や医療機器代金はどう調達するのか?」 「分院が開業後2年間で赤字にならないか?(事業計画書)」 これらを裏付けるため、金融機関の融資証明書や、法人の残高証明書、詳細な予算書の提出が求められます。本院の経営が黒字でも、分院の計画が杜撰だと認可は下りません。
2. 人的要件(管理者)
ここが最大のネックになるケースが多いです。 医療法上、全ての診療所には「管理者(院長)」を置かなければなりません。そして原則として、理事長先生ご本人が本院と分院の管理者を兼任することは認められません(物理的に離れた2箇所を同時に管理できないため)。
したがって、分院には必ず「別の医師を新たに雇用する」か、「信頼できる他の理事に任せる」必要があります。人材確保の目処が立っていない段階では、申請すらできません。
3. 場所的要件
設立時と同様、図面や賃貸借契約書の審査があります。物件が医療法や建築基準法に適合していることは大前提となります。
最短でも3ヶ月〜半年!開業までの標準スケジュール
定款変更認可申請も、設立時と同様に「いつでも申請できる」わけではありません。多くの自治体で「年2回〜4回」と申請時期が決められており、さらにその前に「事前協議」が必要です。
【一般的な分院開設の流れ】
【準備】 物件仮押さえ、資金計画、分院長(管理者)の内定
【事前協議】 都道府県庁へ素案を提出(※申請締切の1〜2ヶ月前)
【本申請】 定款変更認可申請書の提出
【審査期間】 約1ヶ月〜2ヶ月
【認可】 知事から認可書が交付される
【保健所手続き】 分院の開設許可申請・届出
【開設】 診療開始(※ここまで最短で3〜4ヶ月、長いと半年)
【登記】 法務局で「主たる事務所の変更登記」を行う
このスケジュールを見れば、「物件契約後にすぐオープン」がいかに非現実的かがお分かりいただけると思います。
空家賃発生のリスクを避けるために
分院展開で最も避けたい失敗は、「認可が下りないために、内装も完成しているのに何ヶ月もオープンできず、数百万円の空家賃と人件費が無駄になること」です。
これを防ぐためには、不動産の賃貸借契約を結ぶ前に、必ず以下のステップを踏む必要があります。
最新の申請スケジュールの確認: 次の都道府県の締切はいつか?
管理者の確保: 確実に分院長になってくれる医師の確約が取れているか?
資金計画の精査: 審査に通るレベルの事業計画書が作成できるか?
記事のまとめ
医療法人の分院開設は、単なる「支店を出す」感覚では進められない、法的に非常に重たい手続きです。
認可が必要: 保健所の届出だけでは違法。都道府県知事の「定款変更認可」が必須。
審査は厳格: 設立時と同様に、資金計画や人員体制がチェックされる。
管理者の兼任不可: 理事長とは別に、分院長となる医師の雇用が必須。
時間がかかる: 事前協議からオープンまで最低でも3ヶ月〜半年を見込む必要がある。
「良い物件が見つかった」というタイミングこそ、専門家へ相談すべきベストタイミングです。物件契約のハンコを押す前に、まずは当事務所までご相談ください。無理のない開業スケジュールと、認可に向けた戦略的な準備をサポートいたします。
コラムを書いた人
篠原 博之
行政書士・AFP
行政書士しのはら事務所 代表
個人税理士事務所・中小企業の総務部長・税理士法人のIT担当の経験を経て独立
バックオフィスのDXに注力している。
登録番号:第24080248号|東京都行政書士会 新宿支部所属
今すぐ問い合わせる
お電話はこちら
関連コラム
2025/11/24
医療法人の「解散」は株式会社より難しい?後継者不足の理事長を悩ませる「残余財産」の行方と「出資持分」問題
「私も高齢になり、後継者もいない。そろそろクリニックを畳んで、医療法人を解散しようと思う。残った財産は退職金代わりにして老後の資金に充てたい」長年地域医療を支えてこられた理事長先生から、このようなご相談をいただくことがあります。しかし、結論から申し上げますと、医療法人の解散は、株式会社のように「解散...
2025/11/24
医療法人の理事長が毎年やらなければならない「重要な義務」とは?「決算届」「資産登記」「役員重任」を怠った場合の過料リスク
苦労の末に都道府県知事の認可を受け、晴れて医療法人を設立された理事長先生、おめでとうございます。しかし、法人設立は「ゴール」ではなく、新たな法的義務を負う「スタート」に過ぎません。医療法人は、医療という極めて公益性の高い事業を行う主体であるため、一般的な株式会社と比較して、設立後も行政による厳しい監...
2025/11/24
【最短で設立】株式会社とは違う!医療法人設立認可の厳格な「年間スケジュール」。申請締切に遅れると半年待ちの現実
「節税対策のために、来期から医療法人化したい。あと2〜3ヶ月あれば間に合うだろう」もし先生がそのようにお考えであれば、計画を根本から見直す必要があります。結論から申し上げますと、医療法人の設立は、株式会社のように「法務局に登記申請すれば終わり」ではありません。都道府県知事の厳格な審査による「認可(に...
